解離の神経科学的な基盤③なぜ記憶がバラバラになる?トラウマ的な状況における記憶処理と愛着、海馬の変容

解離の神経科学的な基盤③なぜ記憶がバラバラになる?トラウマ的な状況における記憶処理と愛着、海馬の変容

みなさんこんにちは!前々回から3回にわたり、解離の神経科学的な基盤(解離が起こるとき脳はどう変化するか?)に焦点を当てています。

1回目は身体感覚と視覚処理、2回目は恐怖反応と情動処理について見てきましたが、3回目の今回は、解離における記憶の処理について見ていきます。

解離に関連する疾患では、健忘(記憶が思い出せなくなる)やフラッシュバック(記憶が意思に反して侵入する)など、記憶に関連する障害が数多く見られます。一体これらの症状はどのようにして、どんな基盤に基づき起こっているのでしょうか?

そもそも解離とは?という方はこちらからどうぞ!⬇️

解離とトラウマ記憶のしくみ

解離における記憶は、断片化という言葉でその特徴を端的に表すことができます。

トラウマ的な出来事を体験している最中に解離が起きると、その体験の感覚的情動的認知的側面が、それぞれ個別の要素としてバラバラに符号化(=体験が記憶に変換されること)・保存されます1

通常、これらの要素はつながりを持ち整理された状態で保存されますが、それが妨げられると、のちに一部の要素がフラッシュバックとして侵入的に再現されたり、結果としてPTSD罹患のリスクが高まったりするのです2。これが、解離やトラウマ記憶に特異的な記憶処理の基本的な仕組みです。

これを頭に入れたうえで、今回はいくつかの関連するモデル(理論)を見ていきたいと思います。そもそも記憶とは何か・どんな性質があるのか、また一口にトラウマや解離と言っても具体的にどの要素が特に関連しているのかといった細かい点を整理してみましょう。

  • 連合学習・文脈化
  • エゴセントリック処理とアロセントリック処理
  • 二重表象理論
  • 顕在記憶・潜在記憶と愛着
連合学習・文脈化

2つの異なる刺激間の関係を学ぶこと連合学習(associative learning)と言います3。これは、今回取り扱う記憶の領域では、ある記憶をどんな文脈に置いて意味づけするか、すなわち文脈化(contextualization)に関連する概念です。

さきほど解離やトラウマ記憶における記憶の断片化のしくみを軽く紹介しましたが、例えばPTSDの状態が持続すると、感覚情報文脈化されず、通常の連続した自伝的記憶と統合されないことが指摘されています4

自伝的記憶(autobiographical memory)とは、自分自身に関連する記憶が複雑に組み合わされ形成された、一貫性のある個人的な物語のことです5

つまりPTSDが持続している状態では、トラウマ的な出来事を通して体験した感覚的な記憶が、自分自身の物語という文脈の中に有機的に意味づけされなくなるということですね。

実はこうした現象はPTSDに限らず多くの精神疾患で起こっていて、結果として苦痛を伴うイメージや視覚的記憶の侵入などの症状として表出されることが示唆されています6

それではどうしてこのような連合学習の阻害、すなわち記憶の文脈化の失敗が起こってしまうのでしょうか?

一つは、生理的な覚醒レベルが高まる(=過覚醒状態になる)と、エピソード記憶の概念的な処理が妨げられ、抽象化や意味形成が阻害される7ことが関連しています。

エピソード記憶とは、特定の過去の出来事を、それに関連する文脈的な詳細とともに意識的に形成・保持・想起する能力のことです8。簡単に言うと「日曜日に買い物に行っておいしいご飯を食べた。楽しかった。」といった日記のような記憶のことです。

生理的な覚醒レベルが上昇すると、この連続した出来事や感情を一つのエピソードに落とし込むことが難しくなります。トラウマ的な状況では防衛反応の一部として容易に覚醒レベルが変動するため、PTSDをはじめとした精神疾患では記憶の文脈化が妨害されやすいというわけです(危機的な状況における覚醒状態の変化についてはこちらもぜひ参考にしてください)。

そしてもう一つ、精神疾患患者において海馬を用いた処理が妨げられやすいことも関連しているでしょう4。海馬についてはこの後詳しく説明しますが、PTSDDID(解離性同一性障害)の患者ではこの部分の減少が見られ、しかもその減少は幼少期のトラウマに関連している可能性が示唆されています10

海馬の記憶システムの大きな特徴は宣言的(=言葉で表すことができる)であるということです11。つまり、海馬を使った記憶の処理ができると、自分の身に起こったことを言語化して文脈の中に位置づけることが可能になります。逆に言うと、この部分の処理が妨げられた場合文脈化の失敗に繋がる可能性が高まるというわけです。

エゴセントリック処理とアロセントリック処理

このエピソード記憶宣言性に関連した概念として、アロセントリック処理エゴセントリック処理があります。

  • アロセントリック処理(allocentric processing)
    場面を異なる空間的視点から心的に捉える能力。海馬の機能に依存している
  • エゴセントリック処理(egocentric processing)
    経験した視点から場面を想起すること。海馬の機能に依存せず、感覚依存的な記憶プロセスによってより駆動される。

聞きなれない言葉ですが、簡単に言うと、アロセントリック処理は、宣言的なエピソード記憶のようにある場面を様々な視点から捉えるタイプの記憶処理である一方、エゴセントリック処理は、自分自身の視点から感覚的に出来事を捉えるタイプの記憶処理だと言うことですね。

この二つの処理に関して、次のような結果が報告されています。

  • 幼少期のトラウマ経験を持つPTSD女性では、アロセントリックな空間記憶能力が高いほど、スクリプト誘導型の(=宣言的なトラウマ的イメージの深刻度が低かった12
  • トラウマ的な映像を視聴中に少量のアルコールを摂取すると、アロセントリックな空間処理は妨害されるが、エゴセントリック処理は維持された。また、アロセントリック処理の低下が、翌週のトラウマ的侵入の増加と関連していた13

つまり、海馬依存型アロセントリック処理の保持はトラウマ的なイメージの深刻度を下げたり、その後のトラウマ的侵入を減少させたりするということで、先ほどの海馬依存の処理、すなわち宣言的な処理が文脈化や連合学習において重要であり、それが妨げられるとフラッシュバックなどの侵入的な症状が起こりやすくなるという知見と一致する結果がここでも見られたということです。

二重表象理論

このアロセントリック処理とエゴセントリック処理によく似た理論として、さらに二重表象理論というものがあります14

  • 文脈化表象システム(Contextualized Representational System; C-Reps
    • 言語的にアクセス可能であり、自発的に想起できる
    • 意識的注意の焦点となる
    • 複数の視点を取ることが可能
    • 文脈化されたエピソード記憶や言語的説明を支える
  • 感覚表象システム(Sensory Representational System; S-Reps
    • 知覚に近い感覚記憶を扱う
    • 自動的に活性化される
    • 比較的柔軟性が低い

先ほどのアロセントリック処理・エゴセントリック処理と異なる点は、それぞれの記憶に自発的にアクセス可能かどうかという視点が加わっている部分でしょうか。文脈化表象システム(C-Reps)アロセントリック処理に、感覚表象システム(S-Reps)エゴセントリック処理にそれぞれ対応可能ですが、加えて前者は自発的な想起が可能であるのに対して、後者は意思に反して自動的に活性化されるのが特徴です。

また、文脈化表象システム(C-Reps)が意識的注意の焦点となるのに対して、感覚表象システム(S-Reps)はそうした性質を持っていないのも注目するべきポイントでしょう。文脈化をするうえで、一連の出来事内に発生した無数の刺激のうちいくつかに注意を向けて選択し、それらを抽象化するというプロセスは欠かせません15。そうした点で、文脈化表象システム(C-Reps)情報を取捨選択して、一方感覚表象システム(S-Reps)意識的な注意や選択をせずに、それぞれ記憶を処理しているというわけです。

この理論を用いた研究では、トラウマ体験中に

  • 感覚表象システム(S-Reps)の符号化が強化される
  • 文脈化表象システム(C-Reps)の符号化が弱まる
  • 感覚表象システム(S-Reps)と文脈化表象システム(C-Reps)の間の接続が弱まる

ことが示唆されています16。トラウマ的な出来事においては宣言的な記憶処理システムの働きが弱まり、感覚記憶と宣言的記憶の間のつながりも希薄になるということです。ここでの知見も、今まで見てきたものに一致しています。

顕在記憶・潜在記憶と愛着

さて、ここまで複数の類似した概念が登場しましたが、最後の概念は顕在記憶潜在記憶です。この二つはそれぞれ次のような特徴を持っています17

  • 顕在記憶
    意図的に思い出す記憶。エピソード記憶などの宣言的記憶に関連。
  • 潜在記憶
    無意識的に、制御不能かつ突発的に想起される記憶。トラウマ記憶などの非宣言的記憶に関連。

このうち、潜在記憶は愛着と深い関係があることが示唆されています。

乳児は主な養育者の反応に基づき、内的作業モデル(Internal Working Model; IWM)を構築していきます18。これは、徐々に内在化・一般化された期待や、出来事の知覚・解釈方法のセットのこと19で、乳児では18か月頃までに特定の愛着パターンとして識別が可能になります。こうした内的作業モデル(IWM)は言語の発達や宣言的記憶システムの能力が十分に発達する前に習得されるため、潜在記憶のメカニズムと強く関連している可能性があります18

すなわち、世界に対する期待や出来事の知覚・解釈の仕方は、言語化可能な価値観や認知よりは、むしろ非宣言的な、すなわち無意識的で制御不能かつ突発的に想起されるような潜在記憶と深く結びついている可能性があるということです。

これを踏まえると、任意の出来事を体験したときに、それが宣言的な記憶として統合され保存されるか、あるいはより感覚的な記憶として断片的に保存され侵入症状や解離を引き起こすかは、どんな内的作業モデルを構築してきたか、すなわちどんな愛着パターンを持っているかに左右される可能性があると言えるかもしれません。

実際、PTSDを解決するためには意思や意識的な記憶の活性化だけでは不十分で、不適応な症状を引き起こす原因となっている表象(イメージ)を修正するために、その他のイメージなどを用いて潜在記憶システムにアプローチしていくことが必要であると指摘されています21

まとめ①解離とトラウマ記憶のしくみ

トラウマ的な場面において解離が起こると、連合学習や文脈化が妨害され記憶が断片的になることにより、その後侵入的な症状が引き起こされる。この仕組みは複数のモデルや理論、概念で説明可能だが、とりわけトラウマ記憶は意に反して活性化されることが多く、非宣言的海馬依存的でないことが多い。これらは幼少期のトラウマ体験内的作業モデル(愛着パターン)の影響を受けている可能性がある。

解離関連疾患における海馬の役割

さて、ここまで解離がどのようにトラウマ記憶を引き起こし、その背景にどんな記憶処理システムが関連しているかを見てきました。

ここからは、それらを支える神経科学的基盤、今回は海馬について詳しく見ていきたいと思います。

海馬(hippocampus)

すでに何度も登場した海馬やその周辺の領域は、解離状態における記憶処理の変容に深く関連しています22。ここまでで確認したように、海馬は宣言的な記憶処理に関連していて、働きが弱まることにより、侵入症状を引き起こす断片的な記憶、すなわちトラウマ記憶を構築する可能性が高くなります。

先ほど、PTSDやDIDの患者における海馬の減少について軽く触れましたが、そもそも一体、どうしてトラウマ体験は海馬の減少を引き起こすのでしょうか

それは、ストレスホルモンのコルチゾールと深い関係があります。海馬はグルココルチコイド受容体の密度が高く、ストレスホルモンであるコルチゾールの過剰分泌に対して非常に敏感です。そのため、トラウマ体験のような強いストレス、特にそれが慢性的であればあるほど、この領域の損傷が引き起こされてしまう可能性があるというわけです23

実際、DIDの患者では、扁桃体や海馬、海馬傍回の容積が減少していることが確認されています。しかし一方で、健常群と比較して扁桃体および海馬の容積が正常であるとする矛盾した研究結果も報告されています24

また、PTSDとDIDを併発している患者でも海馬容積の減少が確認されましたが、一方DIDを伴わないPTSD患者ではこのような容積の減少は見られませんでした25

さらに、疾患に発展はしていないものの、幼少期にトラウマを体験した健常群でも、海馬減少が見られたそうです26

これらの報告から推測できることは、一口にトラウマ体験と言っても、とりわけ幼少期慢性的な強いストレスへ晒された人において、海馬の減少が起こりやすいのではないかということでしょう。この結果や見立ては、先ほど見た潜在記憶と愛着の関係にも一致しています。

実は、海馬の減少記憶の断片化が引き起こす諸症状の関係性はとても複雑です。というのも、海馬の減少がPTSDをはじめとした侵入症状を伴う疾患の原因になる一方で、そうした症状が海馬の減少につながる可能性もあるという循環的な関係性が構築されているのです。

例えばPTSD の場合、ストレス関連の萎縮または混乱によって海馬の完全性が損なわれると考えられています。一方でトラウマ記憶はその性質上極端な場合が多く、通常の記憶よりも海馬に大きな処理リソースを要求する可能性があることも指摘されています。さらに、海馬が損傷を受けると、安全に関する新しい記憶を統合する役割が弱まってしまいます27。このように、海馬の機能不全は、 PTSD の原因であると同時に結果である可能性があるというわけです28

おわりに

今回は、解離関連の疾患におけるトラウマ的な記憶処理についてくわしく見てきました。

海馬の減少や愛着パターンなどかなり多くの要素やモデルが関わっていて、どちらかというと解離性障害やPTSDといったそれぞれの疾患ではなく、幼少期のトラウマ体験や慢性的なストレスといった個人的経験が重要性を握るトピックでした。

今回も前半の理論紹介が長くなってしまい、神経科学的基盤についてあまり詳しく紹介できず申し訳ないです🙇またご要望があれば、今回だけでなく第1回や第2回の内容も含めて、より神経科学的な部分にフォーカスを当てた記事を書けたらと思っています。


当ブログでは、トラウマ・インフォームド(Trauma informed)な社会の実現を目標に、

  • 信用できるソースをもとにした、国内・国外の最新研究に関する情報
  • 病気の基礎となる生物学的・心理学的メカニズム
  • 当事者が感じる症状の具体例
  • 日々の生活で実践できる、当事者向けライフハック

などを随時発信しています!

もっと気軽に、サクッと情報をチェックしたい方は、ぜひインスタやXも覗いてみてくださいね!フォローやいいねもしていただけると大変励みになります🫶


<2025/6/5追記>

また、この度マシュマロを設置しました!
(下の画像をクリックでリンク先に飛びます)

これまでPTSDや解離、愛着などを主なテーマとして扱ってきていますが、トラウマに関して

🔹もっと詳しく知りたいこと
🔹もっと知られてほしいこと

などがありましたら、ぜひこちらに匿名でお聞かせ頂けると嬉しいです!今後の記事や投稿の中で扱わせていただくかもしれません🙇

⚠️注意事項
※記事や投稿内で、頂いたメッセージを引用させていただく可能性があります。
※頂いたマシュマロそのものへの返信は基本的に控えさせていただく予定です。
※内容や状況によっては、長い間お待たせしてしまったり、扱えなかったりする場合があります。


ここまで読んでくださりありがとうございました!また次回の記事でお会いしましょう!😊

本記事の参考文献・サイト

  1. Krause-Utz, A., et al. (2017) p.2 ↩︎
  2. Krause-Utz, A., et al. (2017) p.2 ↩︎
  3. Associative Learning – an overview | ScienceDirect Topics (2025/3/28閲覧) ↩︎
  4. Damis, L. F., et al. (2022) p.1 ↩︎
  5. Autobiographical Memory – an overview | ScienceDirect Topics (2025/3/28閲覧) ↩︎
  6. Damis, L. F., et al. (2022) p.2 ↩︎
  7. Damis, L. F., et al. (2022) p.1 ↩︎
  8. Episodic Memory – an overview | ScienceDirect Topics (2025/3/28閲覧) ↩︎
  9. Damis, L. F., et al. (2022) p.1 ↩︎
  10. Krause-Utz, A., et al. (2017) p.5 ↩︎
  11. Impairment in active navigation from trauma and Post-Traumatic Stress Disorder – ScienceDirect (2025/3/28閲覧) ↩︎
  12. Damis, L. F., et al. (2022) p.2 ↩︎
  13. Damis, L. F., et al. (2022) p.2 ↩︎
  14. Damis, L. F., et al. (2022) p.2 ↩︎
  15. Damis, L. F., et al. (2022) p.2 ↩︎
  16. Damis, L. F., et al. (2022) p.2 ↩︎
  17. Damis, L. F., et al. (2022) p.3 ↩︎
  18. Damis, L. F., et al. (2022) p.13 ↩︎
  19. Internal Working Model – an overview | ScienceDirect Topics (2025/3/28閲覧) ↩︎
  20. Damis, L. F., et al. (2022) p.13 ↩︎
  21. Damis, L. F., et al. (2022) p.19 ↩︎
  22. Krause-Utz, A., et al. (2017) p.4 ↩︎
  23. Krause-Utz, A., et al. (2017) p.5 ↩︎
  24. Krause-Utz, A., et al. (2017) p.5 ↩︎
  25. Krause-Utz, A., et al. (2017) p.5 ↩︎
  26. Krause-Utz, A., et al. (2017) p.5 ↩︎
  27. Impairment in active navigation from trauma and Post-Traumatic Stress Disorder – ScienceDirect (2025/3/28閲覧) ↩︎
  28. Impairment in active navigation from trauma and Post-Traumatic Stress Disorder – ScienceDirect (2025/3/28閲覧) ↩︎

Comments

No comments yet. Why don’t you start the discussion?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です