みなさんこんにちは!前回から離人感・現実感消失を中心に、関連するトピックについて詳しく見ています。
前回のアンケートの問3(「その他、もし離人感や現実感消失について知りたいこと、記事で扱ってほしいことなどがありましたら教えてください。」)では、DIDや健忘など、その他の解離関連疾患や症状との関連について詳しく知りたいという声が何件かありました。
- 解離について。記憶があるときとないときの違い。感情は他人事なのに事実を把握していてそれを他人事のように感じる自分と、まさに自分ごとととらえて傷ついたり痛がったりフラバする自分が両方いる。同じ物事でも捉え方がパーツごとに違う。記憶のないときもあるが、各パーツの記憶を保持している統率者?のようなパーツはなんなのか、といったことを詳しく知りたいです。
- 私は、解離性同一性障害を患っていますので離人→人格へのチェンジがとても早いと思います。人格にも離人感がある子、ない子がいるのですが解離性同一性障害を患っている人はみんなそうなんでしょうか。
- 大きなショックの後、現実的には数十年生きているのですが、自分の意思ではない誰かが選択して生きてきた感じがあり、カウンセリングや、発達特性の認識を得るうちに、最近になって現実と自分の意識が一つになった感覚がありました。(パンドラの箱が開いてタイムスリップした感じ) ただ、一気に世の中も自分も年月が経っていて、(浦島太郎状態) 現実を受け止めるのがとても苦しい状態です。この様な時の考え方、対処方法等教えて頂ければ幸いです。
- 解離性障害と診断されており、離人感と共に仕事中に解離して記憶が飛んでしまったりしますが、同じような方いらっしゃるのでしょうか。
そこで今回は、トラウマに関連して起こる離人感や現実感消失と、解離性人格の形成、アイデンティティの混乱、健忘などとの関係性を、構造的解離理論を通して詳しく見ていきたいと思います。
そもそも解離とは?という方はこちらからどうぞ!⬇️
離人感・現実感消失の基本情報と実際の病態についてはこちらからどうぞ!⬇️
目次
トラウマと離人感・現実感消失の関係性
そもそも、なぜトラウマ体験が離人感や現実感消失を引き起こすのでしょうか?
動物では、捕食者などの危険がせまった場合、戦ったり逃げたりする(闘争逃走反応)ことでその状況を切り抜けようとしますが、自ら状況をコントロールしたりその場から離れたりするのが難しい場合には、凍り付きをはじめとした受動的な防衛反応を代わりに取るようになります1。
離人感や現実感消失、感覚麻痺などはこうした受動的防衛反応の一種で、自分自身から当事者性を切り離すことにより、耐え難い感情を和らげたりトラウマに対しての意識を減らしたりして、圧倒的な体験との間に心理的な距離を作って心を守る役割を担っています2。これが、トラウマに由来する離人感・現実感消失の基本的なしくみです。
こうした当事者性の切り離しは二次解離(Secondary Dissociation)とも呼ばれており、一次解離(Primary Dissociation)が「苦痛を伴うトラウマの記憶が意識に侵入すること」であるのに対し、二次解離は「トラウマの再体験から距離を置くこと」で3、複雑性PTSD、解離型PTSD、BPDなどで頻繁に体験される4だけでなく、この症状のみが慢性化・深刻化すると「離人感・現実感消失症」という一つの疾患として診断が下される5ようになります。

詳しくはこちらの記事をご覧ください⬇️
そもそも解離とは?発生のしくみと具体的な症状・分類
トラウマ場面における防衛カスケードモデルと恐怖反応・情動処理
こうして出現する離人感や現実感消失ですが、アンケートでも書かれていたように、目の前の脅威が去ったにもかかわらず日常生活で慢性的に現れたり、DID(解離性同一性障害)では人格ごとに症状を経験する頻度が異なったり、健忘やアイデンティティの混乱などとシームレスに繋がっている感覚がしたりと、実際には複雑な病態を見せていきます。
こうした複雑さは動物の凍り付きモデルや防衛カスケードモデルからはかけ離れているようにも見えますが、一体なぜ、どのようにして起こるのでしょうか?
構造的解離理論(The theory of structural dissociation)
それらを理解するうえで役に立つのが、2005年にKathy Steele、Onno van der Hart、Ellert R. S. Nijenhuisらによって提唱された構造的解離理論(The theory of structural dissociation)です。
複雑性トラウマに関連した疾患の治療は、認知や行動、愛着、神経発達などさまざまな部分に注目した各理論や介入を段階的に組み合わせて行われることが多い一方で6、こうした実践の理論的基盤が未だ(少なくともこの理論が提唱された時点では)不明確であったこと、また解離に関する概念的な混乱が見られたことなどを踏まえ、複雑性トラウマ治療の理論的基盤を明確にすることを目的に作られました7。
こうした背景から、複雑性PTSDや解離性障害だけでなく、トラウマ関連疾患のスペクトラム全体に適応可能な理論であると筆者たちは主張しています8。
ANP(見かけ上正常な人格部分)とEP(情動的な人格部分)
この理論の核となる概念の一つが、ANPとEPです9。
- ANP(Apparently Normal [Part of the] Personality;見かけ上正常な人格部分)
通常の生活を送ろうとするパーツ。切り離しや麻痺、離人感、部分的あるいは完全な健忘などを用いて、恐怖症的に、一つ以上のトラウマ記憶を回避する10。 - EP(Emotional [Part of the] Personality;情動的な人格部分)
一つ以上の何らかのトラウマ記憶にとらわれているパーツ。脅威の特定に焦点を当てていて11、過去に生きており現在を経験することができない12。
一つの人格がこうした特徴的な2種類のパーツに分かれることがトラウマ関連疾患における構造的解離であるとされ、その分かれ方によって、それぞれ第一次構造的解離、第二次構造的解離、第三次構造的解離と段階的な病態像が想定されています。
後ほど詳しく説明しますが、例えば人格が一つのANPと一つのEPに分かれることは第一次構造的解離として定義され、PTSDのような単回性のトラウマ関連疾患に典型的な病態であるとされています13。

それでは具体的に、ANPとEPはそれぞれどのような形で出現するのでしょうか?
まずANPの機能の例として筆者らが挙げているのは14、
- 仕事や学業などを含む環境の探索
- 遊び
- 睡眠や食事などを通したエネルギーの管理
- 愛着
- 社会的交流
- 生殖とセクシュアリティ
- (特に子供の)養育
などの日常生活を続けるためのタスクをこなすことです。トラウマを抱えながらも、麻痺・回避、離人感・現実感消失などの二次解離症状や健忘などを用いながら、こうした「通常の生活」を続けることがANPの役割だということですね。

一方EPはもう少し複雑で、次の2つのサブシステムに関連付けられています15。
- アタッチメントクライ(attachment cry)サブシステム
アタッチメントクライとは養育者との親密さや再びつながることへの切実な叫びのこと。例えば子どもは怖いときに養育者を呼んで泣くが、同じように大人の患者も恐怖を感じたときにセラピストに電話をかけることがあり、こうした行動を指している。パニックによって媒介される。 - その他の防衛サブシステム
過覚醒や闘争・逃走、痛みの麻痺を伴う凍り付き、完全な服従と無感覚、回復のための休息・傷の手当て・集団からの隔離・日常活動への段階的な復帰など。
各EPはこうした役割を1つ以上担っていて、より複雑に発達したEPの場合には心理的防衛(否認、投影などの防衛機制)にも関与するとされています16。過去のトラウマ体験を踏まえ、それぞれ様々な方法で脅威を予測したり、防衛・回復したりするのがEPの役割だということです。

EPの「その他の防衛サブシステム」は、防衛カスケードモデルで提唱される各反応にもとてもよく似ていますね。

離人感や現実感消失に焦点を当てて考えると、ANPではトラウマを抱えながら日常生活を送るための副産物としての慢性的な二次解離や健忘が、EPでは過去のトラウマ記憶にとらわれた結果としての受動的防衛反応が生じる傾向にあり、結果としてそれぞれのパーツで離人感や現実感消失が体験されるということだと考えられそうです。
アンケートで書かれていた離人感を感じやすい人格と感じにくい人格がそれぞれ存在することや、仕事中に離人感と共に記憶が飛んでしまうことなどは、「その人格がANPか、あるいはEPであるならばどんなサブシステムの機能を担っているかによって離人感・現実感消失の現れ方や目的が変わる」こと、また「トラウマを抱えながら仕事をこなすうえでANPが二次解離や健忘などを起こさざるを得ない」ことなどにそれぞれ関連していそうですね。
一見難解な理論ですが、実際の症状に照らし合わせてみると、理論と症状のどちらも驚くほど理解・解釈しやすくなりました。
段階的な構造的解離
それでは、これらANPとEPは、各病態でどのように分裂していくのでしょうか?
構造的な解離の程度として、以下の3種類が段階的に想定・定義されています。
- 第一次構造的解離(Primary Structural Dissociation)
人格が一つのANPと一つのEPに分かれること17。PTSDのような単純性(単回性)のトラウマ関連疾患で起こる13。それぞれのパーツの統合は不十分であるものの、心理生物学的にオーバーラップする部分も見られる19。 - 第二次構造的解離(Secondary Structural Dissociation)
ANPが一つのまま保たれている一方、EPが複数に分かれること20。トラウマが圧倒的であったり長期間にわたって続いたりすると、異なる防衛および回復のサブシステム間での統合に失敗し、この病態が生じる可能性がある21。複雑性PTSDやDESNOS、トラウマ関連の境界性パーソナリティ障害、特定不能の解離性障害などの複雑なトラウマ関連障害で見られる22。 - 第三次構造的解離(Tertiary Structural Dissociation)
EPに加え、ANPも複数に分裂すること23。日常生活に欠かせない側面が過去のトラウマと結びついてしまっていたり、ANPの機能が極めて低下していて通常の生活自体が圧倒的に感じられたりする場合に生じる24。筆者らはDIDの患者に特有のものとして限定使用されることを推奨している25。

加えて、第一次構造解離や第二次構造解離の軽症例におけるEPは、通常それほど複雑でも自律的でもない26とされる一方で、第二次構造的解離の重症例や第三次構造的解離では、複数の人格部分が高度に発達し自律的であることが多く、それぞれが名前や年齢、性別などの二次的特徴を持つことも少なくない27とされています。
「人格が分裂する」と聞くと即座にDIDを思い浮かべてしまいがちですが、こうしてスペクトラム状に病態が広がっていくモデルを踏まえると、BPDや複雑性PTSD、解離性障害など、そのほかの複雑性トラウマ関連疾患についても、パーツの分裂という観点からの理解がしやすくなりそうです。
統合(Synthesis)と現実化(Realization)
さて、離人感・現実感消失と、健忘や解離性人格(DID)などとの関わりに関してはだいぶ理解が進みましたが、それでは、アンケートに記載のあった「自分の意思ではない誰かが選択して生きてきた感じ」や「他人事のように感じる自分と(…)傷ついたり痛がったりフラバする自分が両方いる」状態、こうしたいわばアイデンティティの混乱につながるタイプの現実感消失や離人感はどのように説明できるのでしょうか?
この疑問の解消に役立つのが、この構造的解離理論におけるもう一つの核となる概念、統合と現実化です。
統合(Synthesis)は、感覚知覚、運動、思考、感情、自己感覚を結びつけ、区別することです。意識や人生史の一貫性に関連していて、これが不完全な場合、意識の変容や解離症状が現れることがあります。状況によって変動することもあり、たとえば、完全に目覚めているときには統合の質が高くなりますが、疲れているときには低下します28。
一方現実化(Realization)は、自分自身の経験の意味や示唆に、どの程度意識的に気づけているかを指します。経験に対してどれだけ「完結感」が得られているかという感覚とも言い換えられます29。この現実化を構成する概念として、個人化と現在化の2つがあります30。
- 個人化(Personification)
統合された経験に対して、「これは自分の経験である」という明確な所有感を伴って自覚すること。 - 現在化(Presentification)
自分の個人化された過去・現在・未来を統合しつつ、今この瞬間に根ざして生きること。
これらの機能はANPとEPにおいては不完全であるとされていて、例えば、ANP・EPのいずれもトラウマ記憶の現実化ができていない状態ですが、特にANPは個人化、EPは現在化ができていない状態だと言えます31。
すなわち、ANPではトラウマ記憶を自分事として感じることができず、その出来事の語りを避けたり、あるいは語ったとしても、知識はあるものの他人事のように感じたりします32。一方、EPは現在化、すなわち過去・現在・未来の統合ができないために、トラウマ的な出来事の最中の行動に強く結びつき、感覚運動的・感情的に強烈な体験を繰り返し再体験してしまいます32。
EPが再体験するこうした記憶は状況依存的アクセス記憶(SAM; Situationally Accessible Memory)と呼ばれ、言語化したり意識的に思い出したりすることができず、トリガーによって自動的に引き起こされるのが特徴とされています。一方、言語を介して想起可能な記憶は言語的アクセス記憶(VAM; Verbally Accessible Memory)と呼ばれ、このVAMの形成がSAMの再活性化を抑制する可能性が示唆されています34。
この言語化に着目した記憶の分類は、以前紹介したトラウマ記憶のメカニズムや各モデルとも一致する知見ですね。
つまり、「自分の意思ではない誰かが選択して生きてきた感じ」や「他人事のように感じる自分と(…)傷ついたり痛がったりフラバする自分が両方いる」状態は、こうしたANPとEPの分裂、さらにそれぞれにおける個人化や現在化の失敗が引き起こしている可能性が高そうです。先ほど確認したように、ANP・EPのいずれにおいても離人感や現実感消失が生じることから、とりわけそれらの症状とこうした感覚が結びつきやすく感じられるという側面もあるのかもしれません。
離人感や現実感消失で頻繁に体験される感覚として、「自分のものじゃない」感じや「他人事」な感じはアンケートでも多くの人が挙げていましたが、トラウマに関連して引き起こされる離人感・現実感消失では、ANPとEPの分裂が深刻・複雑になればなるほど、視覚的・聴覚的に体験される感覚としてだけでなく、過去の記憶やアイデンティティに関する感覚としても、こうした症状が現れるのだと言えるでしょう。
おわりに
今回は、構造的解離理論を通して、DIDや健忘、アイデンティティの混乱といった各解離症状と、離人感・現実感消失の関連性について見てきました。
今までブログで紹介した知見や皆さんにお答えいただいたアンケートの結果と一致する部分がとても多く、それぞれの解釈や理解がより深まったのではないかと思います。
今回はトラウマ由来の離人感・現実感消失について扱ったので、次回はトラウマ由来でない、特に不思議の国のアリス症候群に関連した離人感・現実感消失について見ていきたいと思います。
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本記事の参考文献・サイト
- Burback, L., Forner, C., Winkler, O. K., Al-Shamali, H. F., Ayoub, Y., Paquet, J., & Verghese, M. (2024). Survival, Attachment, and Healing: An Evolutionary Lens on Interventions for Trauma-Related Dissociation. Psychology research and behavior management, 17, 2403–2431.
- Krause-Utz, A., Frost, R., Winter, D., & Elzinga, B. M. (2017). Dissociation and Alterations in Brain Function and Structure: Implications for Borderline Personality Disorder. Current psychiatry reports, 19(1), 6.
- Wilkhoo, H. S., Islam, A. W., Reji, F., Sanghvi, L., Potdar, R., & Solanki, S. (2024). Depersonalization-Derealization Disorder: Etiological Mechanism, Diagnosis and Management. Discoveries (Craiova, Romania), 12(2), e190.
- Yang, J., Millman, L. S. M., David, A. S., & Hunter, E. C. M. (2023). The Prevalence of Depersonalization-Derealization Disorder: A Systematic Review. Journal of trauma & dissociation : the official journal of the International Society for the Study of Dissociation (ISSD), 24(1), 8–41.
- 離人感・現実感消失症 – 08. 精神疾患 – MSDマニュアル プロフェッショナル版 (2025/4/11閲覧)
- [Infographic] 4 Signs of the Attach/Cry-for-Help Response – NICABM (2025/4/23閲覧)
- Krause-Utz, A., et al. (2017) p.2 ↩︎
- Krause-Utz, A., et al. (2017) p.2 ↩︎
- Burback, L., et al. (2024) p.2405 ↩︎
- Burback, L., et al. (2024) p.2405 ↩︎
- 離人感・現実感消失症 – 08. 精神疾患 – MSDマニュアル プロフェッショナル版 (2025/4/11閲覧) ↩︎
- Steele, K., et al. (2005) p.13 ↩︎
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- Steele, K., et al. (2005) p.23 ↩︎
- Steele, K., et al. (2005) p.23 ↩︎
- Steele, K., et al. (2005) p.23 ↩︎
- Steele, K., et al. (2005) p.23 ↩︎
- Steele, K., et al. (2005) p.24 ↩︎
- Steele, K., et al. (2005) p.24 ↩︎
- Steele, K., et al. (2005) p.24 ↩︎

