みなさんこんにちは!前々回から離人感・現実感消失を中心に、関連するトピックを詳しく見ています。第1回は当事者の方へのアンケートから見えた症状の実態を、第2回はDIDやその他の解離症状との関連を、第3回は不思議の国のアリス症候群をそれぞれ紹介しました。
当事者の方へ実施したこちらのアンケートの問3(「その他、もし離人感や現実感消失について知りたいこと、記事で扱ってほしいことなどがありましたら教えてください。」)では、
- 周囲の方々への説明の仕方、または周囲の方々が対応する方法
- 離人感と自傷行為に関連があるかについて扱ってほしいです。
といった声をお送りいただきました。
若干方向性の異なる2つですが、第4回の今回は離人感・現実感消失をはじめとした解離症状による二次障害をテーマに、前半では離人感・現実感消失が当事者の日常や社会生活にどれだけの影響(機能障害)を及ぼすかを、後半では自傷行為と解離症状(離人感・現実感消失)にどんな関連があるのかを、それぞれ見ていきたいと思います。
そもそも離人感・現実感消失とは?という方はこちらからどうぞ!⬇️
目次
離人感・現実感消失が生活に与える影響
いきなり漠然とした話になってしまいますが、皆さんは障害をどんなものだと考えますか?
例えば離人感・現実感消失では以下のような症状が出現しますが、こうした症状・感覚が障害となるのは、皆さんにとってどんなときでしょうか。


当ブログが実施した当事者アンケートでは、「解離性障害と診断されており、離人感と共に仕事中に解離して記憶が飛んでしまったりします」という声がありました。もし仕事中にそんな状態になってしまったら、どれだけ努力をしても、どれだけ能力があっても、何事もなく業務を遂行することは難しいと思われます。
こんなふうに、疾患の影響で日常生活の特定の機能を遂行できないことを「機能障害」と呼びます1。
離人感・現実感消失と機能障害
機能障害の程度を測る目安はいくつかありますが、そのうちの一つにGAF尺度(Global Assessment of Functioning Scale)があります。
GAF尺度2

ドイツで行われた調査では、離人感・現実感消失症のグループ(n=223)における過去一年間のGAFスコアの平均は54.5で、そのうち35.2%の患者は50未満(ドイツでは入院治療の適応基準の一つとなるスコア)であったことが報告されています3。
上の表で確認してみると、54.5は中等度の症状や機能的困難が、50未満は重度の症状や機能障害がそれぞれ見られる水準です。いずれにしても、仕事をはじめとした様々な日常生活をスムーズに行うにはかなり負担の大きな水準だと言えるでしょう。
実際、上の調査と同じ離人感・現実感消失症のグループでは、大学入学レベルのディプロマを持っている患者が全体の61.2%であったのに対し、仕事(パートもしくはフルタイム)をしている患者は全体の33.2%であったことが報告されています。うつ病のみのグループでは大学入学レベルのディプロマ保有者が40.7%、就業者が46.4%であったことを踏まえると、教育水準は高い一方、職業的機能への支障は大きいのが離人感・現実感消失症の特徴だと言えるかもしれません4。
離人感や現実感消失だけでなく、その他の解離症状も含めて幅広い症状が出現する解離性障害全般では、当事者の60%が自らを「障害がある」と表現しており、複数の領域での機能に困難を感じているとのことでした5。特に解離性障害では、過去のトラウマの影響により、人間関係で傷つけられることに対して恐怖を感じやすかったり、恥の意識によって引きこもりやすくなったりする傾向が見られ6、こうした状態が機能障害に繋がりやすい要因を生んでいる可能性があります。



こうした諸々の情報や状況を踏まえると、アンケートでいただいた「周囲の方々への説明の仕方、または周囲の方々が対応する方法」に関しては、次のような方法が有効かもしれません。
- 自分の機能障害のレベルや、具体的にどの領域で困りごとがあるかなどを把握する。
障害者差別解消法では合理的配慮の提供が義務付けられています。学業や業務を遂行するうえで困難が生じそうな場合には、自分の機能的困難についてあらかじめ知っておくことで、自分のニーズをスムーズに相手に伝えることができるかもしれません。周囲の人の対応としては、こちらの厚生労働省の資料に多くの例がまとめられていますが、例えば精神障害を持つ大学生に対しては、一部の講義にチューターを付けて修学支援を行ったり、大学院生に限定されていた長期履修制度を学部生にも適用可能な制度へと変更したりといった合理的配慮が行われた実績があるそうです。離人感・現実感消失やその他の解離症状、トラウマ関連疾患では、人間関係での不安などの症状も交えながら、具体的な困りごとを伝えつつ、環境調整をお願いするのが安心かもしれませんね。 - 症状の具体例をわかりやすい言葉で伝える。
離人感や現実感消失に限定するなら、当事者アンケートの結果をまとめた下の画像をそのまま見せたり、自分のバージョンに変えてみたりするのが簡単でわかりやすいかもしれません。また、少し専門的になってしまいますが、防衛カスケードや状態解離/特性解離のチャートも、解離やトラウマ関連の症状全般に関して、その時々の状態の説明に役立つかもしれません。当ブログの文章や画像は、出典を示して頂ければ自由にお使いいただいて大丈夫です(情報の正確性には細心の注意を十分に払っていますが、情報が古くなることもありますので、正確性が求められる場面では個人でのダブルチェックをお願いします)。




非自殺性自傷(NSSI)と離人感・現実感消失の関係性
ここまで、離人感・現実感消失症と解離性障害のそれぞれで無視できないレベルの機能障害が生じる実態を紹介してきました。
症状から生じる困難さとして、機能障害のほかに挙げられるのが非自殺性自傷(NSSI)です。特にこのNSSIは、解離症状と大きな関連があることがわかっています。
ここからはその詳しい内容や原因、関連要素などについて詳しく見ていきましょう。
※これ以降、自殺や自傷行為に関連する話題を扱います。不安な方は無理せず閲覧をお控えください。こちらのリンクから「おわりに」までジャンプすることもできます。※
非自殺性自傷(NSSI)とは?
非自殺性自傷(NSSI; Non-suicidal self-injury)は、自発的・意図的・反復的に行われる、死にたいという意識的な願望を伴わない自傷行為です7。具体的には、
クリックして詳細を表示(注:具体的な自傷行為の描写が含まれます)
- 切る
- 皮膚をむしる
- 火傷させる
- 引っかく
- 擦りむく
- 叩く
- 屈辱的な関係性に意図的に身を投じる
などの行為が含まれます8。
「死にたいという意識的な願望を伴わない」とは言ってもリスクが無いわけではなく、特に繰り返しNSSIを行う人では、自殺のリスクが約3倍高くなることが知られています910。
こうした行動の背景には虐待やネグレクトなどの児童期~思春期に経験されるトラウマや不安定な愛着スタイル、解離傾向の高さなどが要因として考えられていて11、例えば疾患のない人々ではNSSIを経験する割合が7.5%であるのに対し、BPD(境界性パーソナリティ障害)ではその割合が60%にまで跳ね上がるとの報告もあります12。
解離症状とNSSIとの関係性
「児童期~思春期のトラウマ」「不安定な愛着スタイル」「解離傾向の高さ」と複数の要因が想定されているNSSIですが、なかでも解離傾向の高さは、NSSIだけでなく自殺傾向の高さにも大きな影響を与えるほどの強力な要因であることが知られています。
例えば、
- DID(解離性同一性障害)と診断された外来患者の70%以上は、一度以上の自殺未遂を経験している13。
- 解離性障害の有無は、年齢や性別、パーソナリティ障害、PTSD、薬物やアルコールの使用などの他の様々な要素をふまえても、自殺未遂や自殺のリスクを高める大きな予測因子になる14。
ことがわかっています。
同様に、NSSIに関しても、解離の有無は独立した強力な予測因子であることがわかっていて15、解離との関連性から考えると、NSSIには
- 解離症状が引き起こす不快な感覚を和らげるグラウンディングの効果
- 感情の麻痺や調整のために意図的に解離状態を引き起こす役割
の両方の機能があることが示唆されています16。つまり、解離体験を避けるために自傷を行う場合もあれば、解離状態に入るために自傷行為を行う場合もあるということですね17。
一方、トラウマ体験や不安定な愛着スタイルに関連して考えると、強い不安や怒り、離人感、抑うつ、孤独感、感情の揺れ、苦悩、空虚感、不安定さなどの症状に対処するため、感情的な痛みを身体的な痛みに変える手段としてNSSIが行われるのではないかとの考えもあるようです18。
いずれにしても、トラウマが原因で起こることの多い離人感や現実感消失とNSSIとの間に、切り離しがたい深いつながりがあることがよくわかります。
解離症状と物質依存との関係性
NSSIと同じく、物質依存も解離症状の有無と深く関連しています。例えば、解離症状があるうえで物質依存も併発している人は、解離症状を伴わない物質依存患者よりも、物質依存の重症度が高いことが報告されています19。実際、離人感・現実感消失症の患者における物質使用障害の併存割合は15%にものぼるそうです20。
離人感や現実感消失をはじめとした解離症状全般が、機能障害だけでなく、NSSIや物質依存など、そのほかの二次的な障害にも多く影響していることがよくわかる知見や統計ばかりですね。
おわりに
今回は、離人感・現実感消失をはじめとした解離症状の二次障害という観点から、機能障害やNSSIについて詳しく見てきました。
記事内で詳しく言及できませんでしたが、疾患による直接的な苦痛ではない、こうした間接的な障害は、当事者だけでなく、周囲の人の意識変容やシステムの改善などで大きく緩和される部分も多いように感じます。
例えば物質依存に関して、言語的な表現を改めることでスティグマが軽減され、当事者が治療へ繋がりやすくなる環境を整えることにつながるとの研究成果もあります21。また別の記事で、こうした社会的なシステムやスティグマなどについて扱っていけたらと思います。
次回は、離人感・現実感消失に有効な治療法や自分でできる対策などについて見ていきます。
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<2025/6/5追記>
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本記事の参考文献・サイト
- Boyer, S. M., Caplan, J. E., & Edwards, L. K. (2022). Trauma-Related Dissociation and the Dissociative Disorders:: Neglected Symptoms with Severe Public Health Consequences. Delaware journal of public health, 8(2), 78–84.
- Eren Sarıkaya, B. D., Ermiş, Ç., Baykara, H. B., & Demirgören, B. S. (2024). Non-suicidal Self Injury: Relationship with Attachment, Childhood Trauma and Dissociation. İntihar Amacı Olmaksızın Kendine Zarar Verme Davranışı: Bağlanma, Çocukluk Çağı Travması ve Disosiasyon İlişkisi. Turk psikiyatri dergisi = Turkish journal of psychiatry, 36, 1–7. Advance online publication.
- Fung, H. W., Huang, C. H. O., Cheung, C. T. Y., Chou, P. H., & Ito, M. (2025). Dissociation and substance abuse among people with PTSD: Results from the National Survey for Stress and Health in Japan. Asian journal of psychiatry, 105, 104394.
- Michal, M., Adler, J., Wiltink, J. et al. (2016) A case series of 223 patients with depersonalization-derealization syndrome. BMC Psychiatry 16, 203.
- Rossi, R., Jannini, T. B., Socci, V., Pacitti, F., Rossi, A., & Di Lorenzo, G. (2025). Role of attachment style in the association between childhood adversities and non-suicidal self-injury among young adults: a multigroup structural equation study. General psychiatry, 38(2), e101277.
- Sattin, D., Parma, C., Lunetta, C., Zulueta, A., Lanzone, J., Giani, L., Vassallo, M., Picozzi, M., & Parati, E. A. (2023). An Overview of the Body Schema and Body Image: Theoretical Models, Methodological Settings and Pitfalls for Rehabilitation of Persons with Neurological Disorders. Brain sciences, 13(10), 1410.
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- GAF(機能の全体的評定)尺度 – 厚生労働省 (2025/4/24閲覧)
- Ustün, B., & Kennedy, C. (2009) p.82 ↩︎
- Global Assessment of Functioning (GAF) Scale – International Association of Analytical Psychology – IAAP – Official site of the IAAP (2025/4/24閲覧)とGAF(機能の全体的評定)尺度 – 厚生労働省 (2025/4/24閲覧)を参考に、日本語に翻訳してまとめ直した。 ↩︎
- Michal, M., et al. (2016) pp.6-7 ↩︎
- Michal, M., et al. (2016) p.5 ↩︎
- Boyer, S. M., et al. (2022) p.81 ↩︎
- Boyer, S. M., et al. (2022) p.82 ↩︎
- Eren Sarikaya, B. D., et al. (2024) p.1 ↩︎
- Rossi, R., et al. (2025) p.1 ↩︎
- Eren Sarikaya, B. D., et al. (2024) p.1 ↩︎
- Eren Sarikaya, B. D., et al. (2024) p.6 ↩︎
- Eren Sarikaya, B. D., et al. (2024) p.2 ↩︎
- Rossi, R., et al. (2025) p.1 ↩︎
- Boyer, S. M., et al. (2022) p.83 ↩︎
- Boyer, S. M., et al. (2022) p.83 ↩︎
- Boyer, S. M., et al. (2022) p.83 ↩︎
- Boyer, S. M., et al. (2022) p.83 ↩︎
- Eren Sarikaya, B. D., et al. (2024) p.5 ↩︎
- Eren Sarikaya, B. D., et al. (2024) p.7 ↩︎
- Boyer, S. M., et al. (2022) p.82 ↩︎
- Wilkhoo, H. S., et al. (2024) p.6 ↩︎
- Zwick, J., Appleseth, H., & Arndt, S. (2020) ↩︎

