あけましておめでとうございます!昨年は大変お世話になりました。
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今回からは約3回にわたり、複雑性トラウマの周辺概念について見ていきたいと思います。
複雑性トラウマと言えば複雑性PTSD(CPTSD)を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、今までの記事でも見てきたように、複雑性トラウマを経験した全ての人がCPTSDの発症に至るわけではなく、逆に言えばその他の疾患の背後に複雑性トラウマが隠れていることも珍しくありません。
複雑性トラウマが及ぼす結果の一つとしてCPTSDは広く認知されていますが、他にも
- 正式には採用されなかったものの、のちの診断基準の礎となった「DESNOS」や「発達性トラウマ障害(DTD)」
- 幼少期における複雑性トラウマの具体例と言える「逆境的小児期体験(ACEs)」
- 正式な疾患ではないものの、家庭環境がその後の人生に与える影響そのものや、その当事者の自己認識として広く用いられる「アダルトチルドレン(AC)」「大人の愛着障害」「毒親(育ち)」
など、様々な概念が幅広い文脈で存在しています。
これらを詳しく見ていきその相違点をまとめていけば、医療的観点だけでなく社会的・当事者的観点も含めた複雑性トラウマが与える影響の概観を掴むことができるかもしれません。
そこで第1回目の今回は、
- 複雑性トラウマとは何か
- DESNOSの概要と診断カテゴリー
について見ていきます。
第2回では発達性トラウマ障害(DTD)、第3回では逆境的小児期体験(ACEs)、アダルトチルドレン(AC)についてそれぞれ扱う予定ですので、そちらもぜひご覧ください💫
CPTSD・解離型PTSDについてはこちらの記事もどうぞ!⬇️
目次
複雑性トラウマとは?
そもそも、今回扱う複雑性トラウマとはどのようなトラウマなのでしょうか。
こちらの記事でも紹介しているように、実は複雑性トラウマの統一された定義は存在せず、研究者によって微妙に認識が異なるのが現状です1。
しかし、複雑性トラウマが基盤にあると考えられているCPTSDやその他の疾患の発症要因に関する記述をまとめてみると、複雑性トラウマとして扱われるトラウマには、大きく分けて次の2つの特徴が見られることがわかりました。
①逃げるのが難しい・長期間・繰り返し
②幼少期・対人
①逃げるのが難しい・長期間・繰り返し
一つ目の特徴は、逃げるのが難しい状況で、長期間にわたり繰り返し被害を受けることです。複雑性トラウマの代表的な疾患であるCPTSDの診断基準における必須要件などがこれに該当します。
極度に脅威的または恐ろしい性質の出来事、あるいは出来事の連続への曝露。最も一般的には、逃れることが難しい、または不可能である長期的または反復的な出来事を指す。
そのような出来事には、拷問、強制収容所、奴隷制、ジェノサイド活動やその他の組織的暴力、長期にわたる家庭内暴力、そして反復的な児童期の性的虐待または身体的虐待が含まれるが、これらに限定されない。
― ICD11におけるCPTSDの診断基準より引用・翻訳
例えば交通事故に遭遇するというトラウマ的な状況では、被害者は一瞬の間に命の危機に晒されますが、同じことが何度も繰り返されたり、その状況から逃れることを禁じられたりすることはないでしょう。
一方で、例えば学校や職場でのハラスメント、家庭内暴力(DV)などでは、(社会的要因や加害者からの脅しなどの様々な要因により)被害者がその場を離れることは困難である場合が多く、同一または複数の加害者から長期間にわたり、似たような被害を繰り返し受ける可能性が高くなることが想像できます。
このような想定に基づき前者のトラウマと後者のトラウマを比較してみると、後者のトラウマは複雑性トラウマであると表現することができるでしょう。
②幼少期・対人
二つ目の特徴は、幼少期に対人関係においてトラウマ的な被害(=対人トラウマ)を受けることです。次回以降扱う発達性トラウマ障害(DTD)の診断基準における必須要件2;
- 対人関係におけるトラウマ的被害者化
- 主要な養育者との愛着形成のトラウマ的混乱
などがこれに該当します。
具体的には、例えば
- (近しい人の)死去
- 養育者からの分離
- 養育者が機能していない状況
- ネグレクト
- 情緒的虐待
- 身体的虐待または暴行
- 家庭内暴力(DV)
- コミュニティにおける暴力
- 性的虐待
などの経験は対人トラウマに分類され、一方で
- 事故
- 病気
- 災害
などの経験は非対人トラウマと分類されます3。
つまり、幼少期に前者のような経験をしたことにより何らかの悪影響が生じている場合、それが複雑性トラウマと見なされる可能性があるということです。
これまでも様々な記事を通して、幼少期のトラウマや対人関係におけるトラウマがもたらす影響の甚大さ・複雑さについて紹介してきましたが、このような特徴を持ったトラウマは特に、CPTSDの中核症状である自己組織化障害(DSO; 感情調整の困難・否定的な自己概念・対人関係の困難)をはじめとして、
- 慢性的な解離
- 慢性的な恥の感覚
- 自殺傾向
- その後のトラウマへの脆弱性
- 身体的な問題
- パーソナリティの問題
などの広範囲にわたる症状や困難さに影響を及ぼす可能性があることが知られています4。
例えば、明らかな虐待やネグレクトとして報告されるようなものではなくても、混乱を生むような養育者の態度や乱れた情緒的コミュニケーションが「隠れたトラウマ」として乳児に作用し、慢性的な解離症状を引き起こす例などは、幼少期における対人トラウマが複雑性トラウマとして働き、子どもに重大かつ深刻な影響をもたらす一例であると考えることができます。




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今回は便宜上①と②に分けてそれぞれの特徴を挙げてみましたが、幼少期の対人トラウマは得てして「逃げることが難しい状況で、長期間にわたり繰り返し起こる」性質を持つものも少なくないため、その点では①の特徴と②の特徴は重なる場合が多いと言うことができるかもしれません。
特に②のようなケースでは、はっきりと区切ることができることのできるトラウマ的な出来事がいくつも積み重なっているというよりは、耐えがたい環境に慢性的かつ継続して置かれていたことそのものがトラウマとして影響を及ぼしている場合も少なくありません5。
これは、以前愛着戦略の記事で紹介した、「脅威に満ちた家庭内に適応するための情報処理のショートカットはトラウマの結果そのものである」という話にも繋がるでしょう。


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とはいえ、現行のCPTSDの診断基準における定義や症状以外の記述にも目を向けることで、複雑性トラウマの(想像以上に様々な要因で現れ、様々な影響を及ぼす)実態がより明らかになったのではないかと思います。
ここからは、さらに複雑性トラウマの実態に近づくことを目的として、「DESNOS」について詳しく見ていきましょう。
DESNOSとは?
「DESNOS」の正式名称は、特定不能の極度のストレス性障害群(Disorders of Extreme Stress Not Otherwise Specified; DESNOS)で、DSM-IV(1994年から2013年頃まで運用されていた診断枠組み)のために提案された診断基準です。
DESNOSの症状はPTSDの診断が無い状態で現れることは稀であるため、独立した診断を構成するものとは判断されず、DSM-IVに正式に収録されることはありませんでしたが、かわりに最終的にはPTSDの「関連する記述的特徴」として組み込まれました6。
DESNOSは従来のPTSDとどう違う?
そもそも、PTSDと診断された人の
- 約80%は他の疾患の診断基準も1つ以上満たす
- 特に44%は3つ以上の診断基準に当てはまる
ことが報告されているように7、PTSDは、うつ病・不安障害・物質使用障害・身体表現性障害・パーソナリティ障害8など、他の疾患との併存が非常に高い病気として知られています。
これを単なる偶然の「併存」として捉えるのではなく、関連疾患を新たな症候群として検討すれば、PTSDのより包括的な理解が可能になるのではないかと考える研究者たちが現れ9、その検討の中で生まれたものの一つが、『心的外傷と回復』の著者としても知られるJ. L. Hermanによる「複雑性PTSD」の概念でした10。
※これより先、「複雑性PTSD」はHermanによって提唱された概念やその派生形を指すこととし、ICD-11における疾患としての「複雑性PTSD」は区別のため「CPTSD」と表記します。
こうして従来のPTSDから差異化された「複雑性PTSD」を研究・調査してみると、次のようなことが明らかになってきました。
- 思春期以降に始まったトラウマは限定的にしか影響を及ぼさないことが多い一方で、幼少期や思春期に始まったトラウマは最も深刻な影響を及ぼす11。
- 「PTSD」「解離」「身体化」「感情調整の困難」は互いに高いレベルで関連している12。
- 「解離」「身体化」「感情調整の困難」「自分や他者への攻撃性」「性格的病理」などは対人トラウマによって引き起こされる可能性が高く13、多くのトラウマ経験者で見られる一方、慢性的なストレス・重度のストレスに晒されていない人ではほとんど認められない14。
こうした研究成果をもとに開発・提案されたのがDESNOSです。
DESNOSでは診断に際して特定のトラウマ経験を必須とはしていませんが、それでもDESNOSの診断基準を満たす人々は、
- 対人関係において被害を受けた経験
- 複数のトラウマ
- 長期間にわたるトラウマへの曝露
に深く関連していることが臨床的にも研究的にも示唆されています15。
つまり、DESNOSはまさしく複雑性トラウマの影響をより体系的にまとめ、当事者を適切な診断・治療に繋げるために診断基準を作る試みであったと言うことができるでしょう。
診断基準
DESNOSの診断基準は
- 感情および衝動の調整の変化
- 注意または意識の変化
- 自己認知の変化
- 他者との関係性の変化
- 身体症状
- 意味体系の変化
の6つのカテゴリーから成り、具体的には次のように定められています16。
| I. 感情および衝動の調整の変化 (Aと、B〜Fから1つ以上) | A. 感情の調整 B. 怒りの抑制 C. 自己破壊的である D. 自殺へのとらわれ E. 性的関与の調整困難 F. 過度にリスクを冒そうとする |
| II. 注意または意識の変化 (1つ以上) | A. 健忘 B. 一過性の解離エピソードと離人感 |
| III. 自己認識の変化 (2つ以上) | A. 無効感 B. 永遠に傷がある感覚 C. 罪悪感と責任感 D. 恥の感覚 E. 誰にも理解されない感覚 F. 過小評価 |
| IV. 他者との関係性の変化 (1つ以上) | A. 他者を信頼できない B. 再被害者化 C. 他者への加害 |
| V. 身体症状 (2つ以上) | A. 消化器系の症状 B. 慢性疼痛 C. 心肺系の症状 D. 転換性の症状 E. 性的症状 |
| VI. 意味体系の変化 (1つ以上) | A. 絶望感と無力感 B. 以前支えとなっていた信念の喪失 |
ここからは、各診断カテゴリーが具体的にどのような状態を指すのか、詳しく見ていきましょう。
感情および衝動の調整の変化
「I. 感情および衝動の調整の変化(Alteration in Regulation of Affect and Impulses)」は、
A. 感情の調整(Affect Regulation)
B. 怒りの抑制(Modulation of Anger)
C. 自己破壊的である(Self-Destructive)
D. 自殺へのとらわれ(Suicidal Preoccupation)
E. 性的な関わりの調整困難(Difficulty Modulating Sexual Involvement)
F. 過度にリスクを冒そうとする(Excessive Risk-taking)
のうち、必須項目であるAに加え、B~Fの中から1つ以上当てはまる必要があるカテゴリーです。
「感情および衝動の調整の変化」と聞くと、一見、感情が抑えきれずにかんしゃくを起こしたり、勢いに任せて破壊的な言動を行ったりする様子が目に浮かぶ方もいるかもしれませんが、そのようなイメージは少し偏っているかもしれません。
実際には、これらの項目に当てはまる行動・状態として、例えば以下のようなものが挙げられます17。
- 小さなストレスや軽い刺激に大きく反応する
- 情動をコントロールするために、極端で自己破壊的な手段(自傷行為、不適切な薬物使用や摂食行動、強迫的な性行動など)を用いる
- 怒りを表現したり抑制したりすることが難しい
- 自殺念慮を抱く
つまり、ここで言う感情や衝動の調整が難しい状態とは、複雑性トラウマを抱えていない人々に比べて感情の抑えが効かなくなることだけでなく、過剰に抑圧されてしまうことも指しています。加えて、そのようにしてコントロールを失った感情を調整するためには、例えそれが自分を傷つけるような方法であっても、自傷行為や強迫的な行動などの極端な方法を用いるしかない場合が少なくないということです。
機能不全的調節
こうした状態は、感情状態の「調節不足」と「過剰調節」という2つの概念18から捉えることができます。
調節不足
調節不足(under-regulation)とは、怒りや不安などの極端な感情状態を和らげる方法が(完全に、もしくは限定的に)使えないことを指していて、次のような状態と関連しています19。
- 衝動のコントロールに困難が生じる
- 目的指向行動(=特定の目的を達成するための行動20)に困難が生じる
- 怒りの感情が過度に激しく発展する
- 不安感が制御不能な恐怖状態へと発展する
過剰調節
一方、過剰調節(overregulation)とは、情動の受容ができないことや、情動に対する気づきや明瞭さが限定されていることで、具体的には次のような感覚や症状に影響を及ぼします21。
- 情緒的にひどく空虚な感じ
- 切り離された感覚(離人感・無痛覚)
これらの概念は、厳密な用語は異なるものの、以前こちらの記事で扱った「情動の抑制不全(emotion under-modulation)」や「情動の過剰抑制(emotion over-modulation)」とほぼ同じ概念であると考えて差し支えないでしょう。




詳しくはこちらの記事をご覧ください⬇️
DESNOSの観点からさらに特筆すべき新しい情報としては、こうした2つの調節(=機能不全的調節)は、特に(親など)主要養育者から与えられたトラウマの影響を長期的なものとしてしまう場合があるということが挙げられるでしょう22。
治療を効果的なものにするためにも、機能不全的調節やそれに付随する「感情および衝動の調整の変化」は中心的に取り扱われるべき問題であるとされています23。
注意または意識の変化
「II. 注意または意識の変化(Alterations in Attention or Consciousness)」は、
A. 健忘(Amnesia)
B. 一過性の解離エピソードと離人感(Transient Dissociative Episodes and Depersonalization)
のうち1つ以上当てはまる必要があるカテゴリーです。
「注意」や「意識」という言葉は日常でも広く使われるため、一見漠然として内容が見えにくいですが、大まかに言うと(二次)解離に関連する症状が含まれます。
具体的には、これらの項目に当てはまる行動・状態として、例えば以下のようなものが挙げられます24。
- ぼんやりしているように見える
- 単一の経験や特定の期間の出来事、カウンセリングで話した内容などを忘れてしまう
- 身体がどう感じるのかを実感できなかったり、トラウマが不可解な身体症状として表れる
先ほど軽く触れたように、複雑性トラウマと解離には深い関連があり25、「感情調整の困難」や「対人関係における機能不全」と並んでDESNOSの中核的特徴として知られる「アイデンティティの変容」(=一貫した自己の感覚を維持することが困難になること26)にも、解離は密接に関わっています。
解離と複雑性トラウマの関係性については、こちらの記事をぜひご覧ください⬇️
解離が発生する仕組み(凍り付き)と症状の種類
慢性的な解離症状が現れる仕組み(愛着スタイル)
解離の進行とアイデンティティの変容(構造的解離理論)
自己認識の変化
「III. 自己認識の変化(Alteration in Self-Perception)」は、
A. 無効感(Ineffectiveness)
B. 永遠に傷がある感覚(Permanent Damage)
C. 罪悪感と責任感(Guilt and Responsibility)
D. 恥の感覚(Shame)
E. 誰にも理解されない感覚(Nobody Can Understand)
F. 過小評価(Minimizing)
のうち2つ以上当てはまる必要があるカテゴリーです。
主に「自分自身をどう捉えるか・感じるか」が(否定的な方向へ)変化するという点で一貫していて、これらの項目に当てはまる行動・状態としては、例えば以下のようなものが挙げられます27。
- 自分自身を「無力である」「無能である」「損なわれている」「他者にとって望ましくない存在である」など、否定的に捉える
- トラウマの影響を極端に過小評価する
前操作期的な思考
このような認識は、2歳ごろから7歳ごろの子どもが持つ前操作期的な思考に由来している可能性があります28。
前操作期(preoperational stage)はPiagetが提唱した認知発達段階のうちの一つで、「あらゆることを自分の視点から見る傾向(=自己中心性)」の出現により特徴づけられる段階です29。
- 論理的な自己中心性
例)「まだ昼寝をしていないから、午後じゃない」30
細かく分けず全体で考えたり、論理的な上下関係をつけず連想的に思考したり、一般化を経ず、ある具体例から別の具体例へと直接繋げて考えたりする傾向。他者も自分と同じ視点で世界を見ていると考えることに由来する31。 - 存在論的な自己中心性
例)「日が陰っているのは太陽さんが疲れちゃったからだ」32
心の中のことを外の世界のものと同列に扱ったり、外の世界のものに気持ちや意図があると思ったりする傾向。自我をとりまく境界の曖昧さや、主観的なものと客観的なものとをはっきり区別できないことに起因する33。
このような傾向は、子どもが虐待の原因を自分自身に求めることに繋がります34。結果として、大人になってからも幼少期の理不尽な対人被害に関して「自分が悪かった」と感じやすくなってしまうのです35。
こうした状態は過去のトラウマの影響を矮小化するだけでなく、現在の対人関係における再被害者化を招く要因にもなる可能性があります(詳しくは次の項目で説明します)。
他者との関係性の変化
「IV. 他者との関係性の変化(Alterations in Relations With Others)」は、
A. 他者を信頼できない(Inability to Trust)
B. 再被害者化(Revictimization)
C. 他者への加害(Victimizing Others)
のうち1つ以上当てはまる必要があるカテゴリーです。
再被害者化
再被害者化(revictimization)とは、対人トラウマの被害に何度も遭ってしまうことを指しますが、こうした状況に陥りやすい要因として、次のような状態が影響している場合があります36。
- 見知らぬ他人や新しい知人などが過度に友好的に接してきても、それに対して警戒しない
- 自分に恥ずかしい思いをさせたり、混乱や動揺を引き起こしたりするような相手との関係を続ける
- 小さな暴力をその後に続く加害の前兆として捉えられない
- 身体からの危険信号(心拍数の上昇、不快感、呼吸の変化、逃げるための身体的衝動、胃腸の不調など)を利用できない
こうした状態は一体どのようにして起こるのでしょうか。
一つ目の要因として、「シャットダウン」の傾向が挙げられます37。
これは、
- 自分自身の感情(不安・傷つき・怒りなど)
- 他者の不適切な行動
などから発せられる危険信号を察知しない傾向で、特に幼少期に虐待を受けて育った人に多く見られます38。
危険信号を察知できない状態では、例えば小さな暴力をその後に続く加害の前兆として捉えられないため、最終的に深刻な被害を受けるリスクが高まってしまう可能性があります39。
これには、特に「I. 感情および衝動の調整の変化」の、感情状態の過剰調節(=情動の受容ができないことや、情動に対する気づきや明瞭さが限定されていること)が関連しているかもしれません。
そして二つ目の要因は、対人関係のための健全なテンプレートが存在せず、再被害者化を対人関係における当然のこととして受け入れてしまう場合が少なくないことです40。
例えば、自分の感情や他者の行動に基づく「危険信号」に気づいていても、
- それに応じて行動する力が自分には無いと感じる(=無効感)
- 行動したあとの結果を過度に恐れている
場合があります41。
また、自身の支えとなるような関係性を築くうえで、他者への不信感がそれを妨げる場合もあり、例えばパートナーが自分を見捨てたり傷つけたりするのではないかと予測している場合も少なくありません42。
こうした状態には、「III. 自己認識の変化」(無効感、誰にも理解されない感覚、恥の感覚など)が関連している可能性がありそうです。
身体症状
「V. 身体症状(Somatization)」は、
A. 消化器系の症状
B. 慢性疼痛
C. 心肺系の症状
D. 転換性の症状
E. 性的症状
のうち2つ以上当てはまる必要があるカテゴリーです。
具体的には、例えば以下のような状態や症状が挙げられます43。
- 医学的な説明や介入が難しい身体症状がある
- 過敏性腸症候群、慢性骨盤症候群、胃酸過多、頭痛、一時的な失明、手足のしびれ、発作様の活動など
転換性障害は、このような症状が慢性化・深刻化した状態であると言えるかもしれません。

これらの症状は、長い間有害ストレスやトラウマ的な出来事に晒されることで、
- ホルモンシステム
- 辺縁系(海馬・扁桃体など)
- 自律神経系
- 免疫系
など身体全体に重篤な影響が及ぼされることにより、生じるとされています44。




詳しいメカニズムなどについては、こちらの記事をぜひご覧ください⬇️
トラウマ記憶と海馬
扁桃体の働きと防衛反応・恐怖反応・情動処理
視覚―辺縁系切断症候群(視覚的低感情性・相貌失認・空間的記憶障害)
転換性障害
こうした身体症状は、トラウマ体験を言葉にすることが難しいとき、感情的苦痛を象徴的に伝える手段として機能している場合があり45、そのような理由からは、摂食障害や身体醜形障害などボディイメージの障害が別に生じることもあります46。



詳しくはこちらの記事をご覧ください⬇️
意味体系の変化
「VI. 意味体系の変化(Alterations in Systems of Meaning)」は、
A. 絶望感と無力感
B. 以前支えとなっていた信念の喪失
のうち1つ以上当てはまる必要があるカテゴリーです。
具体的には、例えば以下のような考え方・感じ方が見られるようになります47。
- 人生に何の意味や目的も無いと感じる
- 「人は皆自分の利益のみを追求する」と感じる
- 「人間の努力では世の中の出来事を変えることはできない」という考え(=運命論)を採用しやすくなる
こうした一連の価値観は、もちろんそれ自体では否定・治療されるべきものではありません。
しかし、複雑性トラウマを抱える人の場合、心理的のみならず身体的なレベルにまで深く浸透した学習性無力感からこうした価値観が醸成される場合が多く、本人の
- 選択肢を思い描く力
- 決断する力
- 自分のために行動する力
- 人生における変化を実行する力
などに悪影響を及ぼすため、治療効果を最大限にするためにもアプローチされるべき課題であるとされています48。
まとめ
少し内容が広がりすぎてしまったので、今回の内容を整理します。
- 複雑性トラウマとは、「逃げるのが難しい状態で長期間にわたり繰り返し」起こったトラウマだけでなく、「幼少期における対人」トラウマも指す場合が多い。後者のようなトラウマは広範囲にわたる症状や困難さに影響を及ぼす。
- DESNOSはJ. L. Harmanによる「複雑性PTSD」の概念に基づいて開発された診断基準。
- 感情および衝動の調整の変化 感情状態の機能不全的調整(調節不足・過剰調節)の影響で、感情の抑えが効かなくなったり、過剰に抑圧されてしまったりする。これをコントロールするために、自傷行為や不適切な摂食行動などの自己破壊的な手段を用いる場合がある。
- 注意または意識の変化 ぼんやりする、忘れてしまう、身体感覚が曖昧になるなど、二次解離に関連する症状。
- 自己認識の変化 「自分自身をどう捉えるか・感じるか」が否定的な方向へ変化する。前操作期的な思考が優位な幼少期に虐待を受けた結果、虐待の原因を自分自身に求めることで出現する可能性がある。
- 他者との関係性の変化 「再被害者化」や「トラウマの再演」など。感情および衝動の調整の変化の過剰調節や自己認識の変化が関連している可能性がある。
- 身体症状 医学的な説明や介入が難しい身体症状が起こる。感情的苦痛を言語以外の方法で伝える手段となっている場合もあり、ボディイメージの障害が起こることもある。
- 意味体系の変化 深刻な心理的・身体的学習性無力感により、特定の価値観が創造されやすくなる。これらは回復を困難にする可能性がある。
おわりに
今回は、複雑性トラウマとは何か、そしてDESNOSの概要と診断基準について詳しく見てきました。
DESNOSという複雑性PTSDの体系化に特化した診断基準を詳しく見ていくことで、「複雑性トラウマ」が単に複数回のトラウマ経験を指すわけではないこと、そして特に幼少期における被害経験が深刻で広範な影響を与えることが、より実感できたのではないでしょうか。
次回は発達性トラウマ障害(DTD)について見ていく予定です。
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Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.376より再参照 ↩︎ - Kessler et al (1995), Deering et al. (1996), McFarlane (2000), Shalev (2000)
Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.376より再参照 ↩︎ - Herman & van der Kolk (1987), Pelcovitz et al. (1997)
Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.376より再参照 ↩︎ - Herman (1992)
Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.376より再参照 ↩︎ - van der Kolk et al. (1996), van der Kolk (1985)
Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.376より再参照 ↩︎ - van der Kolk et al. (1996)
Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.376より再参照 ↩︎ - Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.376 ↩︎
- Herman (1992)
Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.376より再参照 ↩︎ - Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.375 ↩︎
- Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.375 ↩︎
- Felitti et al. (1998), Poulsny (1995), Linehan et al. (1994), Ford (1999), Chemtob et al. (1997), Foa et al. (1995)
Luxemberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.377より再参照 ↩︎ - Pat-Horenczyk et al. (2015), van Dijke et al. (2010)
van Dijke, A., Hopman, J. A. B., & Ford, J. D. (2018) p.2より再参照 ↩︎ - van Dijke, A., Hopman, J. A. B., & Ford, J. D. (2018) p.2 ↩︎
- 目的指向行動 – 脳科学辞典 (2026/1/5閲覧)より引用 ↩︎
- van Dijke, A., Hopman, J. A. B., & Ford, J. D. (2018) p.2 ↩︎
- van Dijke (2008)
van Dijke, A., Hopman, J. A. B., & Ford, J. D. (2018) p.10より再参照 ↩︎ - Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.377 ↩︎
- Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.377 ↩︎
- Anda et al. (2006), Cloitre et al. (2019), Vonderlin et al. (2018)
Burback, L., et al. (2024) p.559より再参照 ↩︎ - van Dijke, A., Hopman, J. A. B., & Ford, J. D. (2018) p.2 ↩︎
- Herman (1992)
Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.378より再参照 ↩︎ - Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.378 ↩︎
- Intellectual Development – from 2 to 5 years (2026/1/6閲覧) ↩︎
- Piaget (1945/1962)
Kesselring, T., & Müller, U. (2011) p.329より再参照 ↩︎ - Piaget (1924/1972)
Kesselring, T., & Müller, U. (2011) p.329より再参照 ↩︎ - Intellectual Development – from 2 to 5 years (2026/1/6閲覧) ↩︎
- Piaget (1927/1930)
Kesselring, T., & Müller, U. (2011) p.329より再参照 ↩︎ - Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.378 ↩︎
- Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.378 ↩︎
- Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.378 ↩︎
- Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.378 ↩︎
- Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.378 ↩︎
- Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.378 ↩︎
- Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.378 ↩︎
- Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.378 ↩︎
- Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.378 ↩︎
- Saxe et al. (1994)
Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.378より再参照 ↩︎ - Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) pp.379-380 ↩︎
- van der Kolk (1996)
Luxemburg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.380より再参照 ↩︎ - Bonev, N. & Matanova, V. (2021) p.3 ↩︎
- Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.380 ↩︎
- Luxenberg, T., Spinazzola, J., & van der Kolk, B. (2001) p.380 ↩︎

