PTSD(心的外傷後ストレス障害):CPTSD(複雑性PTSD)とDissociative Subtype of PTSD(解離症状を伴う心的外傷後ストレス障害)

PTSD(心的外傷後ストレス障害):CPTSD(複雑性PTSD)とDissociative Subtype of PTSD(解離症状を伴う心的外傷後ストレス障害)

みなさんこんにちは!前回はPTSDの基本的な4つの症状と診断基準、そしてそれらに対する批判や議論についてざっと紹介しましたが、今回はCPTSD複雑性PTSD)とDissociative Subtype of PTSD(解離症状を伴うPTSD1、以下解離型PTSDと記載)について見ていきます。

前回の記事はこちらからどうぞ!⬇️

複雑性PTSDや解離型PTSDは、従来のPTSDの枠組みではカバーしきれなかったトラウマ関連症状を新たに取り扱った診断基準・分類です。複雑性PTSDは2022年に、解離型PTSDは2013年に、それぞれICD-11とDSM-5で初めて登場しました。

PTSD概念の見直し

複雑性PTSDと解離型PTSDの特徴は、それらがどういう経緯で登場することになったのかを辿っていくと理解しやすくなります。

そもそも、PTSD自体が初めて病気として認められ、DSM-Ⅲ(精神疾患の診断基準や分類などがまとめられたマニュアル)に収録されたのは1980年のことでしたが、その当時は、PTSDの症状は「再体験」「回避(麻痺)」「過覚醒」の3つとされていました。この3症状は、現在でもPTSDの中核症状と呼ばれることがあります。

参考:現在のPTSDの診断基準(DSM-5)をもとに作成した3つの症状の概要

従来のPTSD研究においては、実験動物に刺激を与えてその影響を観察・分析する方法や、人間の認知面(患者がどのように物事や状況を捉えるか)に着目して治療法を検討する方法が主流であったため、結果として、このような恐怖に関する記憶や認知の問題が、とりわけ診断基準の中心となりやすかったのです。

単回性トラウマと複雑性トラウマ

ところが、人間においては(動物と違って)個人的・社会的にさまざまな背景が複雑に絡み合い、それらが発症や病態、予後などに深く影響していることや、経験したトラウマの種類や状況によっても症状の程度や種類が変化する場合があることなどから、記憶面や認知面だけに注目するのではでなく、より包括的な事情を考慮した枠組みの設置が求められるようになりました(これらに関連する議論や批判についてはこちらもご覧ください)。

そこでトラウマを期間や回数、起こった環境の観点から分類し、

  • 自然災害や事故、難産、テロなど、単発で起こった出来事の中で、死の恐怖やそれに匹敵する脅威を経験したり、見聞きしたりしてトラウマとなったものを単回性トラウマ
  • 児童虐待や家庭内暴力(DV)、拷問、奴隷制度、戦場でのサバイバルなど、逃げるのが難しい環境で、死の恐怖やそれに匹敵する脅威に長期間・繰り返しさらされトラウマ化したものを複雑性トラウマ

と区別すると、複雑性トラウマを特に幼少期に経験した患者は、従来のPTSD症状に加え、多様かつ深刻な症状を経験するようになる可能性が高いということが明らかになってきました。そして、それらの具体的な症状や病態を整理しなおし、診断基準や分類として確立したのが複雑性PTSD解離型PTSDというわけです。

とはいえ、この分野はまだまだ発展途上な部分も多く、例えばどんなトラウマを複雑性トラウマとするか、そもそもどんな出来事をトラウマとして規定できるのか、といった点に関しては、未だ研究者により微妙な認識の違いが見られます。また、複雑性トラウマに晒されると必ず複雑性PTSDや解離型PTSDに発展するかというとそういうわけでもなく、むしろそうしたストレスを経験しても発症に至らない人も多くいますし、さらに単回性のトラウマを経験したのちに複雑性PTSDを発症する人もいれば、複雑性トラウマを経験してもPTSDの中核症状だけを発症する人もいるのが実際です。

このように、残念ながら「トラウマの種類が分かればその後発症するPTSDの種類を完全に予測・断定できる」という単純明快なものではありませんが、それでも複雑性PTSDや解離型PTSDなどの新たな診断基準や分類を導入することにより、さらにそれぞれの病態にふさわしい研究や治療法の開発をより進められるようになったという点で、これらの改訂は画期的だったと言えるでしょう。

複雑性トラウマが与える影響2

さて、複雑性PTSDと解離型PTSDの性質について理解したところで、ここからはその具体的な中身について見ていきます。複雑性トラウマが与える影響の結果として、以下のような症状や状態が代表的です。

  • 自己組織化障害
  • 機能障害
  • 慢性的な解離身体化傾向
  • その後のトラウマや身体的健康状態に対する脆弱性
  • 他の精神疾患との併発・関連
  • 自殺傾向

診断基準としては、PTSDの症状に加え、これらのうち自己組織化障害機能障害を含んでいるのが複雑性PTSD慢性的な解離を含んでいるのが解離型PTSDです。ここまでの情報をわかりやすく表にまとめるとこのようになります。

複雑性PTSD
(Complex Posttraumatic Stress Disorder)
解離型PTSD
(Dissociative Subtype of Posttraumatic Stress Disorder)
収録されている診断マニュアルICD-11DSM-5
発行団体世界保健機関(WHO)アメリカ精神医学会(APA)
発行・発効年2022年2013年
主な診断基準複雑性トラウマの経験
+
PTSDの中核症状
(再体験・回避・過覚醒)
+
自己組織化障害
機能障害
トラウマの経験
+
DSM-5に収録されている
PTSDの4症状
(中核症状+認知および気分の陰性変化)
+
慢性的な解離症状

それでは各症状や状態について詳しく見ていきましょう。

自己組織化障害(DSO; Disturbances in Self-Organisation)

感情調整の困難否定的な自己概念対人関係の困難の3つは、総称して自己組織化障害と呼ばれています。

  • 感情調整の困難(Affective dysregulation):感情が過剰に現れたり、反対に極端に現れなかったりする状態。
  • 否定的な自己概念(Negative self-concept):自分自身について、恥や罪悪感、失敗した感じ、無価値である感じなどの否定的な感覚を持続的に経験する状態。
  • 対人関係の困難(Disturbances in relationships):人間関係を維持することや他者を身近に感じることが持続的に困難である状態。

自己組織化障害は、ICD-11で複雑性PTSDの診断基準に組み込まれていることからもわかるように、PTSDと複雑性PTSDを区別する大きな要素の一つと言って差し支えないでしょう。これらの症状は決して一過性のものではなく、この後詳しく説明する機能障害を引き起こすほどの、きわめて深刻で重篤なものであることがポイントです。

機能障害

機能障害とは、疾患の影響によって生活にあらゆる支障が生じており、困難さを伴っている状態を指します。複雑性PTSDでは、特に自己組織化障害の影響により、個人的・家族的・社会的・教育的・職業的に、多くの生活機能が失われます。仮に機能していたとしても、それは相当な努力によって維持されているような状態です。

機能障害についてはこちらの記事もどうぞ!⬇️

慢性的な解離や身体化傾向

慢性的な解離症状身体化傾向も複雑性トラウマに伴う特徴的な症状の一つです。

解離とは、同一性や記憶、意識などのまとまりが無くなったり薄れたりすることで、たとえば身体を抜け出して自分自身を外側から観察しているように感じたり(離人感)、自分の身の回りの世界が「歪んでいる」「遠い」「夢」みたいに感じたり(現実感消失)する状態を指します。

従来のPTSDの診断基準に含まれるフラッシュバックや解離性健忘なども解離症状の一部と言えますが、ここでいう「慢性的な解離」とは、離人感や現実感消失のような症状も含めた、より広範囲の多様な解離症状が常にあらわれている状態を指していて、解離型PTSDの診断基準では、DSM-5に示されている4つのPTSD症状に加え、離人感と現実感消失を経験していることが必須要件となっています。

国際的な調査によるとPTSD患者の約15%が離人感と現実感消失の症状を有しているとされていて、PTSDを発症しているすべての人がこうした解離症状を経験するわけではありませんが、反対に、慢性的に解離症状を経験する人の大半はPTSDの診断基準を満たしていると言われています。

身体化とは、精神的な問題が身体的な症状としてあらわれることです。痛みや脱力、疲労、吐き気のような一般的に広く見られるものから、身体感覚の異常のような言語化しづらく一見不可解に感じられるものまで、多様に経験されることが多いようです。

解離について詳しくはこちらの記事もどうぞ!⬇️

その後のトラウマや身体的健康状態に対する脆弱性

複雑性トラウマを経験しPTSDを発症すると、その後も被害に遭う確率が高くなったり(再被害者化;revictimisation)トラウマ化しやすくなったり身体的な病気にかかりやすくなったりします。

たとえば幼少期に虐待的な環境で育つと、不安定な愛着スタイルや自己組織化障害を有する可能性が高まり、大人になってからも不安定な関係性の中であらゆる被害に遭う確率が高まってしまいます。

さらに、研究で明らかになっているだけでも、免疫調節障害(自己免疫疾患)、心血管疾患、脳血管疾患、睡眠障害、慢性疼痛、過敏性腸症候群、認知症、メタボリックシンドローム、高血糖、肥満、癌などありとあらゆる身体的な健康被害や、早期死亡老化のリスクが高まることが知られています。

他の精神疾患との併発・関連

複雑性トラウマに関連する疾患では、ここまで見てきた症状に加えて、不安抑うつ物質使用障害がしばしば見られます。

また、境界性パーソナリティ障害との併発も多く認められ、特に解離型PTSDでは、それに加えて恐怖症回避性パーソナリティ障害の併発も多く見られます。

自殺傾向

希死念慮(死にたいと思うこと)から、計画、未遂までを含む自殺傾向が高いことも、複雑性トラウマに関連する疾患の特徴です。

おわりに

ここまで、複雑性PTSDと解離型PTSDについて見てきました。今回は駆け足になってしまいましたが、複雑性トラウマが与える個々の影響については、今後もそれぞれにフォーカスしながら詳しく記事にできたらと思います。


当ブログでは、トラウマ・インフォームド(Trauma informed)な社会の実現を目標に、

  • 信用できるソースをもとにした、国内・国外の最新研究に関する情報
  • 病気の基礎となる生物学的・心理学的メカニズム
  • 当事者が感じる症状の具体例
  • 日々の生活で実践できる、当事者向けライフハック

などを随時発信しています!

もっと気軽に、サクッと情報をチェックしたい方は、ぜひインスタやXも覗いてみてくださいね!フォローやいいねもしていただけると大変励みになります🫶


<2025/6/5追記>

また、この度マシュマロを設置しました!
(下の画像をクリックでリンク先に飛びます)

これまでPTSDや解離、愛着などを主なテーマとして扱ってきていますが、トラウマに関して

🔹もっと詳しく知りたいこと
🔹もっと知られてほしいこと

などがありましたら、ぜひこちらに匿名でお聞かせ頂けると嬉しいです!今後の記事や投稿の中で扱わせていただくかもしれません🙇

⚠️注意事項
※記事や投稿内で、頂いたメッセージを引用させていただく可能性があります。
※頂いたマシュマロそのものへの返信は基本的に控えさせていただく予定です。
※内容や状況によっては、長い間お待たせしてしまったり、扱えなかったりする場合があります。


ここまで読んでくださりありがとうございました!また次回の記事でお会いしましょう!😊

本記事の参考文献・サイト

  1. 「Dissociative Subtype of PTSD」の邦訳に関して、DSM-5病名・用語翻訳ガイドラインによると「解離を伴う心的外傷後ストレス障害」が一般的な呼称ですが、本記事中ではわかりやすさのために「解離型PTSD」を用いています。 ↩︎
  2. これ以降の日本語訳について、ICD-11の英語版を逐語訳したうえでわかりやすい表現に変え、他の参考文献の内容も盛り込みつつまとめ直しました。その際の翻訳ガイドラインとして、基本的にDSM-5病名・用語翻訳ガイドライン日本児童青年精神医学会 児童青年精神医学用語集の2つを参照しました。 ↩︎

Comments

No comments yet. Why don’t you start the discussion?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です